地中海式ダイエットとサレルノ養生訓

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地中海式ダイエット(食事法)の故郷はサレルノにあった


現在世界的にブームになっている地中海の食事、心臓病やがんを予防する健康的な食事は、もともと数千年に及ぶ地中海地域の食文化が今日に伝わったもので、たいへん長い歴史があります。現在地中海には20カ国ありますが、それぞれの国が先祖伝来の文化遺産や民族、宗教ルーツ、気候の違いを有し、長い歴史を通じて、伝統的民族的な食文化を築き上げてきました。そのように地域によって個々に違いはあるものの、地中海の食事というのは、オリーヴオイル、ワイン、野菜、穀物、ハーブなど、植物性食品が重要な位置を占めています。

 

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その食事の健康に対する効果が、12世紀ごろ、南イタリアのサレルノで、当時の医師たちによってまとめられたサレルノ養生訓に記されています。つまり養生訓と地中海式食事法は切っても切り離せない関係にあります。

 

サレルノはティレニア海(地中海)に面した風光明媚な南イタリアの都市です。中世には海洋都市として栄えましたが、ご覧のように背後を丘陵地帯に囲まれ農牧業が発達し、豊かな食文化の伝統があり、西洋最古の医学校発祥の地、地中海式ダイエットの故郷とも言われています。地中海の食事を基にした食養生の考え方が明らかにされたのが、このサレルノなのです。

 

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当時サレルノは病人の保養地として名高かったことと、十字軍の通り道にあたり、戦争の負傷者が治療を受けたことなどが、この地に医学校ができ発展するきっかけになったと考えられます。スライドはサレルノの大聖堂で、11-16世紀に柱廊に囲まれた中庭で医学の講義が行われました。そして11世紀末にラテン語詩363行からなる養生訓が完成しました。当時のサレルノ学校長が著者とも言われています。


 

サレルノ養生訓の食療法の要点 ー適度に食事をすることー


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サレルノ養生訓は医学の素人むけに書かれた本で、養生訓の最初のページにはよい食事をとること、適度に食事を取ることが大事であると記されています。


サレルノは十字軍に参加した王侯貴族、騎士など高貴な身分の人たちが立ち寄ったのですが、武勲談などしながら豪華な食事を取ったことでしょう。古代のギリシアローマでは、中庸や節度を理想としています。南イタリアに位置するサレルノも、古代ギリシアの文化や学問の影響を強く受けています。しかし十字軍に参集した彼らはゲルマン人で、豪華な食事をすることを美徳とし、大酒のみ大喰らいが彼らの伝統的な食習慣でした。


たとえば、養生訓のなかには、「どんな肉が身体によいか」、という一章があります。元来地中海地域では肉食の機会は少なく、肉食は狩猟民族であるケルト、ゲルマン人が地中海世界(ローマ帝国領)に持ち込んだ食習慣です。健康のために肉は選んで食べなさいというわけです。獣肉に関して言えば、子牛や子羊の肉が最高にぜいたく品で、一般民衆の口に入ることはありませんでしたが、明らかに余計な脂肪分が少ないという意味で健康的でした。

 

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また、中世も15世紀ごろになると、狩猟から得られるキジやヤマウズラなど鳥獣の軽い肉が好まれました。地中海式ダイエットのピラミッドでも、脂の多い獣肉より、鶏肉が推奨されています。脂ぎったロースト肉ばかり食べて痛風になったゲルマンの王様、カール大帝(西ローマ皇帝)の話もあり、王侯貴族の健康への関心の高まりとともに、肉も選んで食べようという機運が高まってきたのでしょう。

 

養生訓の中のこうした話は、読み手を現代日本人に置き換えても示唆に富む内容です。戦後欧米の食文化をうけて、それまで動物性脂肪を取る機会の少なかった日本人が日常的に獣肉をとるようになって、肥満や糖尿病が社会問題となっているからです。また、別の章では「塩の戒め」が述べられています。養生訓のなかで塩を取りすぎてはいけないと医師が警鐘を鳴らしているのです。塩は調味料、食品の防腐剤として肉、魚、オリーヴ、チーズなどに用いられていましたが、摂りすぎると健康障害が起きることがわかっていました。塩分摂取の多い現代の日本人にも共通する話題ですね。


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「君主や騎士の食卓から、塩は真っ先に取り除かれ片付けられなければならない」と書かれています。高貴な身分の人ほど、率先して健康を気遣う義務を負っているのだという考え方は、先の自らダイエットを守ることのできない国王は国を治める資格がないという考え方と通じています。




 

ワインの文化とビールの文化 


地中海の三大産物は、ワイン、オリーヴオイル、パンであり、これらは地中海文明の食べ物のシンボルでもありました。ワインもビールも起源をたどると紀元前4000年のメソポタミア文明まで遡ります。サレルノ養生訓の中では、ワインの話題は豊富ですが、ビールについての記載もあります。ビールはエールとも呼ばれ、ヨーロッパのゴール(ガリア)の先住民族であるケルト人が麦を醸造した飲み物を飲んでいた記録があります。



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パンとワインがギリシアローマの文化に属していることは、農耕が地中海社会の経済活動の基本という意味ですが、ケルトゲルマン人は森の中で狩猟生活を営み、肉食とビールの食文化をもっていました。古代ヨーロッパには、ワインと農耕、ビールと狩猟の二つの食文化があったのですが、ローマ帝国の拡大とゲルマン民族の大移動によって、養生訓が書かれた時期に交じり合いました。

 

中世12世紀ごろに地中海の食養生を基本理念とした養生訓が書かれる必然性が、このあたりににあったのだろうと考えられます。まずゲルマン型の食文化が入ってきたこと、また社会経済の変化として食糧事情が好転したこと、民衆の食生活の変化(肉食の増加)が起き、富を蓄えた人の贅沢な食事への偏向などが重なって、それまでの伝統的な地中海式食事の体系が崩れ、王侯貴族の贅沢病とされた痛風や糖尿病が増えたことへの、医師の警戒感があったのではないかと思われるのです。

 


現代医学の視点からみたサレルノ養生訓 ーまずゆったりくつろぐことー


ここで今一度、サレルノ養生訓の出だしに話を戻して、現代医学の視点からみた養生訓ということを考えてみます。養生訓の第一章は、サレルノの医師団がイギリス王(ノルマンディー候ロベール)にあてた手紙で始まります。


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このロベールという封建時代の王様は、十字軍の遠征にも出かけたとされており、たえず忙しく烈火のごとく怒ったり、暴飲暴食をしたりで、たいへんストレスの多い不規則な生活をしていたらしいのです。それで手紙の冒頭には、医師団の忠告がこのようにかかれています。

 

サレルノ医師団がイギリス王にあてた手紙

・気苦労を背負い込まず、烈火のごとく怒ることは避けなさい。

・ワインの痛飲は止め、晩餐は軽くとり、さっと目を覚ましなさい。

 

今日的に言えば、ストレスを避けて、生活習慣を正せ、ということです。飲酒、食事、睡眠についてのアドバイスです。現代人の病気のほとんどは、このストレスと生活習慣の乱れによっています。ストレスは高血圧や糖尿病の発症要因となり、そのストレスによる飲酒や過食が、健康状態を悪化させるという悪循環を引き起こすのです。つまり中世に書かれた養生訓の冒頭には、すでに、現代人の病気がおきる二大要因が書かれているわけです。

 

 

ところで、その第一章の結びには次のように書かれています。

 

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医者要らずの三つの習慣

・まずゆっくりくつろぐこと

・次にくよくよしないこと

・最後によい食事をとること

 

これからは三つの習慣があなたの医者代わりとなるので、それを日々忘れないようにしなさい。医者要らずの習慣、医者の私がとても気に入っています。ストレスの多い患者さんにもこの箇所をみせて忠告しています。医者が医者要らず忠告をしていたら、患者さんが来なくなるのではないか? そんな心配は必要ありません。ほとんど100パーセントの人が頭ではわかっていても、実行困難なことだからです。とくに前二つ、ゆっくりくつろぎ、くよくよしないという、精神衛生に関わることの実行が日本人にとって難しい。

 

日本人の気質を調べると、7割の人が妄想気質、5割が執着気質という分析結果があります。妄想気質は不安を感じると悲観的な思い込みに走る、執着気質は生真面目で完璧を目指す性格を表しており、こうした気質の人間はストレスに弱く、うつ病になりやすいのです。


つまり仕事の手を緩めて、ゆったりくつろぎ、くよくよせずに前向きに物事を考える、これが病気にならないためにもっとも重要なことなのです。そしてよい食事をとることは、栄養学的にバランスのとれた食事をとることは無論のこと、家族や友人とゆっくりくつろいで食事をすることを意味しており、これこそストレスの多い多忙なビジネスパーソンにとって最上のストレス解消法となるのです。

 

 

 

この文章は2010.5.29に行われた、第六回地中海式ダイエット食談会の講演内容をまとめたものです。

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