彩り豊かな地中海の食事とアルツハイマー型認知症その2

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日本と地中海諸国の医療は、費用対効果が高い

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第8回地中海式ダイエット食談会にようこそおいで下さいました。今日は今切迫している日本の医療費の話から始めます。ご存知のように、日本は戦後急速に少子高齢化が進み、それに応じて医療費も増え続けてきました。2010年度の医療費は35兆円で、一国の経済規模を示すGDP(国民総生産)539兆円の10%以下にとどまっています。

 

2007年のOECD(経済協力開発機構)統計によれば、対GDP比でみた日本の医療費は、OECD諸国のなかでは平均以下です。日本の医療費はその経済規模に見合っておらず、厳しい財源不足からかなり抑制されている。それにもかかわらず、医療統計指標としての「平均寿命」は、日本は世界一です。つまり、医療費は少ないが国民の健康度は高く、医療経済からみて日本は費用対効果が高い国であり、医療環境が整った国ということが言えます。その理由として、国民皆保険により医療が公平に行き渡ること、国民の教育レベルが高く、公衆衛生上の予防意識が高いこと、また医療機関の受診頻度が他国に比べて高く、病気が重症化しにくいことなどがあげられます。

 

一方、地中海地域にも健康長寿の国があります。イタリア、スペインなどは、世界的にみて平均寿命が高い国々です。日本同様、対GDP比からみた医療費は低く、医療経済の観点からいえば費用対効果が高い。ところが日本と根本的にちがうのは、移民問題や社会格差をかかえたこうした南欧諸国では、収入や教育レベルに開きがあっても健康格差が少ない。どういうことかと言うと、収入が少ないから余計に病気にかかりやすいということがないのです。それに寄与しているのは、地中海食などのライフスタイル要因が考えられますが、地中海地方の穏やかな気候、南欧社会に特有なコミュニティーの人間関係の緊密さと、個人的には楽天的な性格からもたらされるストレスの少ない社会などの環境要因も考えられるでしょう。

Socioeconomic inequalities in health in 22 european countries. NEJM 358: 2468-81. 2008


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このような文脈のなかで、地中海食の摂取頻度が高いとどれだけ死亡リスクが下がるかを示した、ヨーロッパ11ヶ国、70歳から90歳の健康な男女2339人を対象とした10年の観察期間をおいたコホート研究があります。全粒穀類、野菜や豆類、低脂肪の乳製品、果物などを多く摂る食生活を継続すると、虚血性心疾患の死亡リスクが39%、心血管病29%、がん10%、全死亡リスクは23%低下します。地中海食の遵守度の評価は、9点満点法のスコアーで4点以上を基準にしています。

 

さらに観察対象人数が150万人に及ぶ、地中海食の遵守度と病気の死亡率や発症率の関係をみたメタアナリシス研究では、地中海食の摂取スコアーが2点増えると、心血管病の死亡リスクは9%低下、がんの発症やがん死亡リスクが6%低下し、さらにアルツハイマー病やパーキンソン病の発症リスクが13%低下すると報告されています。こうしてみると地中海食は、とくに神経疾患の一次予防に役立っている可能性がうかがえます。

Mediterranean diet, lifestyle factors, and 10-year mortality in elderly european men and women. JAMA 292:1433-39. 2004

Adherence to Mediterranean diet and health status: meta-analysis. BMJ 337:a1344. 2008



地中海式ダイエットのピラミッドは土台(日々の身体活動)に注目

食事に気を配る人は、運動に対する関心も高いことが多い。食事と併せて、健康的なライフスタイル要因としての運動にはどんな健康上のメリットがあるのでしょうか。一日30分、中等度強度の運動(ウォーキングなど)を行うと、虚血性心疾患による死亡リスクが28%、心血管病35%、がん36%、全死亡リスク37%の低下が認められています。

 

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どんなにバランスのよい食事を心がけていても、それだけで健康は保たれません。地中海式ダイエットのピラミッドの土台にはdaily physical activity (日々の身体活動)があります。「身体活動」とは日常生活における家事、通勤などの「生活活動」と、街路でのウォーキングやジョギング、ダンス、水泳、ジムでの筋力トレーニングなど「運動」を併せた総体的な活動のことです。

 

このピラミッドは1960年代のギリシアや南イタリアに代表される地中海地域に住む人々のライフスタイルをもとに作成されました。当時、この地域の成人平均余命が世界でもっとも高かったのは、心臓病やある種のがん、あるいは食事と関連が深い慢性疾患がもっとも少なかったからです。そして当時の人々は、日常従事する仕事(農業や漁業など)を通じて、また屋外での余暇活動が盛んだったことから、現代の私たちと違って、とにかくよく身体を動かしていました。そうした身体活動の高さが、地産地消の栄養価の高い地中海食と合わせて健康に寄与したと考えなければなりません。

Beyond the traditional interpretation of Mediterranean diet. Nutr Metab Cardiovasc Dis 13:117-119. 2003



運動は海馬の神経細胞を増やす

ここから今日の本題、認知症を予防する運動というテーマに進みます。クリニックを訪れる患者さんでも、日常運動習慣のある方、ウォーキングやスイミング、社交ダンスなどを続けている活動的な人は、高齢になっても記憶力が鮮明で、性格も前向きな方が少なくありません。運動が脳にすばらしい効果をもたらすこと、身体によいことは頭(脳)にもよく、運動を続けると、歳をとってもシャープな記憶力を保ちつづけることができることは、医学的にも証明されています。

 

運動することがなぜ脳によいのか。

1)脳内にはグルタミン酸、GABA、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどの神経伝達物質があり、神経細胞間で信号を伝えています。たとえば、うつではこうした神経伝達物質のバランスが崩れていることがわかっていますが、運動をすると脳の特定部位でノルアドレナリンやセロトニンが増加し、症状が改善します。

2)次に運動は心臓の機能を高めて、脳の深い部分まで血液が届くようになります。高齢になると動脈硬化が進行し、脳の深部は血流が低下しやすくなります。すると酸素や糖などの栄養を脳に供給できなくなり、神経細胞が障害を受けやすくなるので、運動を行い血流を高めることが大事なのです。

3)さらに運動をすると、新しく脳細胞を作る働きがある物質、神経成長因子が増加し、学習による神経細胞同士の結合(シナプス結合)を強固にすることがわかっています。


 

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神経成長因子は、運動することで体内で作られます。その中でもっとも研究が進んでいるのが、脳由来神経栄養因子(BDNF)です。BDNFは神経系から分泌される蛋白質で、神経細胞の発生や成長、維持、修復に働き、さらに学習や記憶にも重要な働きをします。それは海馬に多く、ニューロン回路を構築し維持します。

 

BDNFをめぐる研究があります。ラットを使った実験では、二晩回し車で自由に運動させたラットの脳内(とくに海馬)ではBDNFが増加し、運動しないラットに比べて迷路テストでいい成績をあげることがわかっています。人間でも運動した後の、血中BDNF値と学習効果が相関するという結果がでています。これらの研究は、運動の脳への好影響は何年も待つことなく、運動をいつ始めても効果は現れることを意味しています。

 

人間の脳はたえず成長し進化をとげています。生まれて間もない赤ちゃんの目を見張るような脳の発達をみるまでもなく、成人してからも日常的に学習を繰り返すことで、私たちの脳の神経細胞は新生することがわかっています。驚くべきは、脳の神経回路では、外的状況の変化に応じて柔軟に、ひとつの神経細胞が別の神経細胞と絡み合うことで新たなシナプスが構築されることがわかっており、そのような柔軟性、適応性はシナプスの可塑性と呼ばれます。神経細胞本体のニューロンは一本の樹、シナプスは枝に例えられますが、BDNFは樹が新しい枝を伸ばすために必要な肥料のようなものだと説明され、運動がBDNFの分泌を促すのです。

Exercise: a behavioral intervention to enhance brain health and plasticity. Trends Neurosci 25: 295-301, 2002



一日一マイル(1.6km)の歩行が記憶力低下を防ぐ

スライド28.jpgPETや機能的MRIという検査法が開発されるようになって、脳のどの部分がどんなときに活動しているかが、一目でわかるようになりました。昨年末シカゴで開かれた北米放射線学会の年次総会で、ピッツバーグ大Dr. Raji により、運動と認知機能に関する研究発表がありました。426名の高齢者を10年間追跡調査した結果、運動習慣がある人の方が認知機能がよく保たれ、脳の萎縮も少ないという報告です。


スライドは10年の追跡調査後に撮影されたMRI写真です。健常者(左)、アルツハイマー病などの認知機能低下者(右)ともに(あるいは認知機能低下者のほうがより多く)運動習慣によって脳萎縮が抑制され、とくに認知機能に関わる前頭前野、側頭野の容積が保たれていることを示しています。運動内容は週に5-6マイル歩くこと、一日1マイル(1.6km)ほどの距離で、時間にして毎日30分の散歩が、脳の萎縮と認知機能低下を予防したのです。


認知機能低下を防ぐためにどんな運動をどのくらい行うべきかわかっています。運動には、運動の種類、運動の強さ、持続時間、頻度といった4要素があります。中等強度の有酸素運動(ウォーキングなど)をベースにして、週五日以上の運動を行う人は、一回30分未満でも認知機能低下が予防できるとされています。また週三日の場合には一回30分以上の運動量が必要です。

Exercise level and cognitive decline.  Alzheimer Dis Assoc Disord 18:57-64, 20



認知症予防に役立つ身体活動とは


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身体活動とは、先にお話したように、日常生活で行われる生活活動(家事や階段の昇り降りなど)と、目的を持って行われる運動をあわせたものです。認知症予防に役立ちそうな身体活動は、運動としてはダンス、ウォーキング、水泳、生活活動ではベビーシッター、家事と続きますが、統計上有意に認知症のリスク低下が認められたのは、日常ダンスをよく行う人です。


ダンスは単なる運動ではなく、音楽に併せてステップなどを習得しなければならず、パートナーがいて社交性も要求されるので、いろいろな面で脳を刺激して予防効果が高いのでしょう。身体活動とは異なりますが、楽器をよく演奏する人にも、認知症のリスク軽減が認められています。スライドにはノルディックウォーキングをあげました。心地よい自然の中で仲間と楽しみながら行える全身運動として、ポールを使ったノルディックウォーキングは効果が期待できそうです。また、ただ歩くより花を観察する、バードウォッチングをするなど自然観察や、歴史が好きな人は史跡めぐりなど、目的と興味を持って歩くのがよいでしょう。


神経細胞の枝にあたるシナプスの結びつきを高めるために、学習、運動、社会との接触が欠かせません。加齢やストレス、うつなどは神経の成長因子を減らすことがわかっていますので、生涯を通じて運動習慣を持ち続けることが大事なのです。



この文章は2011.2.27に行われた、第8回地中海式ダイエット食談会の講演内容をまとめたものです。なお、この食談会の内容は「美味しくて健康的で太らないダイエットなら地中海式」佐々木巌著、大学教育出版 に詳しく記載されています。

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